【福岡】30代からのダイエット成功の秘訣!フィットネストレーナー岡島翔太のブログ

ダイエットや運動指導をするフィットネストレーナーの岡島が語るブログ

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福岡県出身

 

フィットネストレーナー

 ・運動指導、ダイエット指導、食事指導等

 

 

ダイエット指導や運動指導の他にも

ダイエットプログラムの開発や

店舗運営や立ち上げにも関わる。

 

東京とタイ王国のバンコクでの

事業立ち上げ経験あり。

 

年間のべ1500以上の指導を行った中でも

ダイエットの成功率と満足度には定評がある。

 

顧客の損失を防ぐために全額返金制度も

設けることがあったが、直接指導した

クライアントでは全額返金希望者は0名。

 

クライアントの状態に応じてファスティング(断食)や

糖質制限、サプリメント選びに関する

アドバイスも行うことができる。

 

 
 
 
好きなマンガ:キングダム
 
好きなアニメ:交響詩篇エウレカセブン
 
得意なスポーツ:水泳
 
好きな国:日本・タイ
 
スタバの好きな飲み物:水
 
住んだことのある都市
:福岡、東京、横浜、バンコク、長崎、山口、金沢、津
 
生まれた場所:富山
 
星座:牡牛座
 
 
もう少し岡島のことが知りたい方は以下ご覧ください。
 
 
 

引っ越しが多い・プールにぶち込まれた幼少期

 
母の実家がある富山県に生まれました。
ちなみに5月5日生まれなのでいい歳して今もこどもの日に祝われています(笑)
 
 
当時好きだったアニメがとなりのトトロで毎日のように
そして1日中食い入るようにトトロを見ていたそうです。
 
 
生まれてしばらくすると当時、父が仕事で三重県の津市に住んでいたため
程なくして津市へ移動することに。
 
 
が、2歳を過ぎた頃には石川県の金沢市へ父が転勤となり
訳も分からずそのまま金沢に連れて行かれました。
 
 
そして2歳ちょっとの時に母に連れられて
スイミングスクールへ通いだしたのでした。
 
 
小児喘息だったことや、生まれつきとても体が弱かったため
プールに通わせてみようとのことだったのですが
僕も親もそんなきっかけで始めさせたプールに
20年以上もお世話になるなんて思ってもいなかったでしょう。
 
 
 

3つの小学校に通った小学生時代

 
金沢に引っ越して3年ほど経った頃、またもや父の転勤で
今度は長崎に行くことになりました。
長崎って本当に坂が多いんですよね。
当然ながら家は山のほぼ一番上のマンションでした。
 
 
ここでもプールに通おうとしていろいろと探したみたいですが
結局、スパジョーヤというスイミングスクールへ入りました。
ここがまた九州屈指の強豪スクールで九州ではかなり有名な選手が
何人も揃っているようなクラブでした。
 
 
当時は普通のコースでやっと進級をしていってやっと
1級になれたのですが、そこでコーチから選手コースへの
お誘いが来ることに。。
 
 
とりあえず練習がすごくキツくなりました(笑)
(笑)とありますが笑えないくらい練習がきつかったです。。
 
 
そんなわけで必死に練習を毎日するのですが
別にそんなに速くなるわけでもなく全国大会なんて
かすりもしないような弱小選手な日々が続きました。
 
 
一方で学校の方は順調でした。
なぜか2年生か3年生くらいで一気に成績も良くなり
当時は体も大きくてスポーツもできたので
小学校での生活には何ら不自由はしないという
何とも恵まれた状態でした。
 
 
そして小学校5年生の終わりに山口へ引っ越すことになり
またここでも新しい学校と新しいプールに入ることになりました。
 
 

全国大会初出場!からのダメダメな3年間

 
山口へ引っ越してから新しい学校にも慣れて
新しいスイミングスクールへ入って
ここでも必死にスイミングでは練習をしていましたが
 
 
この時のスイミングスクールではしばらくしたら
なぜか一番上のクラスにぶち込まれて
とんでもない練習をすることになりました。。
 
 
当時小学校6年生だったのですが、一緒に練習しているのは
高校生や中学生。しかも全国大会で優勝するような選手や
インターハイ常連の選手もいたので、それはもう大変でした。
 
 
でもそれが功を奏したのかその1年はぐんと成績も伸びて
晴れて初めてのジュニアオリンピック(全国大会)に
出場することができました。
 
 
そして全国大会に出場することだけでなく、
その時、人生で初めての受験勉強も経験することに。
 
 
当時、自分で言うのもなんですが
勉強はかなりできた方だったので
中学は山口大学の付属中を受験してみようということになりました。
 
 
勉強は正直嫌いだったので嫌々ながらも
なんとか勉強をして晴れてこちらも合格。
全国大会に出られるとともに受験にも合格して
とても順風満帆な流れでした。
 
 
中学に入ってからも水泳はしっかり続けていて
毎日練習を欠かさず行っていましたが
これが意外と伸び悩んで、中国地方の大会では
いつも表彰台には乗れていたのですが
結局全国大会には出られず。。
 
 
水泳面では思ったよりも伸びなくて
ぼちぼちのところで収まってしまっていました。
 
 
学校の方はというととても順調でしたね(笑)
俗に言う優等生とでも言えばいいのでしょうか。
水泳ではいつも表彰状を学校に持って帰るし
勉強もけっこうできたので学校内でのポジションは
かなり良かったように思えます。
 
 
ですが、ここでも父の転勤によって
山口を離れて福岡の高校を受験することになったのです。
 
 
 

エリート街道まっしぐらから一気に転落した高校時代

 
中学も受験に成功して周りのみんながとても
優秀な中で学校生活を送ってきたために
勉強のできる高校に行くというのが僕や家族の中では
当たり前の認識になっていました。
 
 
そんな中で福岡の高校ならどこがいいのか?
ということで選んだのが福岡ではナンバーワンかつ
知名度・ブランド力でも正真正銘のトップである修猷館高校。
 
 
福岡出身の方なら誰もが知るような高校で
超難関高校でもあります。
 
 
校舎もすごく貫禄があって綺麗だし校風も良さそうだったので
迷わずこの高校を受験することに決め、
普段は一切勉強しない僕が真面目に勉強をし始めたのでした。
 
 
正直受かるかどうか不安でしたが、なぜかテストには
すごく強いので当日はいかんなく能力を発揮して
総得点で満点に近い点数で合格を決めることができました。
 
 
もうここまでくるとさすがにエリート街道まっしぐらで
普通に国立の難関大学や有名私立大学には
進むことになるんだろうなぁ。。なんて自然に思っていました。
 
 
が、しかし、人生には何が起こるかわからないものでして。
 
 
勉強もスポーツもできる優等生な岡島くん、ここで不登校になります。
高校入学してすぐに不登校児になりました。
 
 
人生には3つの坂が〜とは言いますがそのまさかです。
 
 
僕は確かに勉強はできましたが普段は全く勉強をせずに
水泳に全てを捧げているようなタイプでした。
中学生の時に全国に行けなかった分、高校では何が何でも
インターハイには出たいと思っていたからです。
 
 
だからスイミングクラブ選びも真剣だったし
高校の時お世話に成ったJSS姪浜というクラブでは
平日は毎日22時まで練習をしていました。
 
 
しかし、高校での勉強があまりに激しくて
予習をしないと全く授業についていて行けないのと
福岡恒例の0限の授業もあったため←0限ってなんだよ!笑
 
 
深夜2時〜2時半頃まで予習などをして
朝は6時過ぎに送るという超絶ブラックな生活を
せねばならないことに。。
 
 
もうメンタル的に完全に拒否反応を起こしてしまい
体調面にもそれが出てしまい学校には行かなくなってしまいました。
 
 
水泳→頑張りたい
勉強→したくないけど与えられる量が多すぎ!
 
 
この2つのバランスが取れなくなってしまったんですね。
 
 
この時には家族にはすごく迷惑をかけたなぁと今でも思いますが
やはり思春期の子どもには何が起こるかわからないものだなぁと
つくづく感じています。
 
 
そんなわけで高校1年生の夏に超名門校を中退して
その後、別の単位制の高校に入り直すことにしたのでした。
 
 
 

のびのび勉強も水泳もできる環境に

 
もう水泳第一で頑張りたい!という気持ちがあったので
自分のペースで勉強ができる高校を探していました。
 
 
そうしたら、福岡には実に丁度良い高校がありまして
博多青松高校という学校で、単位制の学校です。
 
 
勉強を頑張りたい人もいれば何かに打ち込みたい人や
そもそも高校に自分のペースで通いたい人など
いろんな人がいる学校です。
 
 
いわゆる真面目な普通の高校にいそうな人から
金髪ピアス厚化粧、ゴリゴリのファッションの人まで
とてもバラエティに富んだ高校でした。
 
 
そして僕も勉強を自分のペースでやりたかったので
自分で必要な科目を選択して、時間割も自分で決めました。
その結果、水泳に打ち込める環境作りができたんですね。
 
 
そんなわけでなんとか高校生として社会復帰に成功し
水泳に全力を注ぐ日々を送ることができ
晴れてまた全国大会にも出場することができるようになりました。
 
 
当時は本当に水泳のことばかり考えていて
栄養学の本や生理学の本なども読み漁って
高校生には珍しい知識武装型の選手でしたが
 
 
これが功を奏して記録が大幅に伸びて
全国大会は当たり前、インターハイ出場も当たり前、
あとは決勝に残れるかというところまできました。
 
 
結局のところ、佐賀で開催されたインターハイでは
13位だったため決勝には行けませんでしたが
それなりの選手にはなれたし、スポーツ推薦で
大学にも行くことができました。
 
 
 

まさに水泳漬けの4年間

 
 
スポーツ推薦で入学したのは神奈川大学。
駅伝では有名な大学ですが、当時は水泳でも強化を始めたところで
僕でスポーツ推薦入学4期目でした。
 
 
僕が入りたての頃はまさに強くなろうとしている段階で
とても上昇志向のエネルギーが溢れていて
自分もこの中で活躍をしたいなと感じていました。
 
 
基本的に練習は週11回。
計算がおかしいと思われることでしょうけれど
1日2回練習もあるのでトータルでは11回になります。
 
 
朝5時に起きて6時過ぎから練習を始め
授業に行って、授業が終わったら夕方からまた練習。
正直、授業なんてついででした。
 
 
練習は今まで経験したことのない量と質で
なんども心が折れそうになったり故障を抱えながらも
なんとか4年間やりきりました。
 
 
幸い、毎年のレギュラーには入ることができ
リレーでも重要な役割を任されたり
数十人の部員をまとめるキャプテンも務めました。
 
 
やっている最中は地獄でしたが
終わってみるととても良い経験ができたように思えます。
 
 
今では全国屈指の強豪校になったので
それの一つの道を作ることができたのは
とても誇らしいことだと感じています。
 
 
そんな水泳漬けの4年間でしたので
勉強がおろそかになるかと思いましたが
そこはこの岡島、勉強はもともと得意なので
経済学部の単位をしっかりと取り
難なく大学を卒業することができたのでした。
 
 
そうそう、フィットネスのお仕事をしていると
体育系の学部や大学の出身ですか?とよく言われますが
僕は経済学部で商学が専攻です。
 
 
マーケティングの授業とか広告の授業とか
けっこう楽しかった記憶があります。
 
 
 

普通の会社員になるかと思いきや…ここでも

 
 
当時はあまり水泳以外のことは考えていなかったため
普通に就職活動をして普通に就職でもするものだと
なんとなく思っていました。
 
 
なので4年生の始めの頃は朝練をしてから
そのまま京浜東北線や東横線で都内に就活に
出ていましたね。
 
 
そんなこんなでなんとか内定を頂いて
営業職での就職を間近に控えていた大学4年生の夏。
 
 
ふと自分の人生について考えてみたら
このまま普通に就職をして営業をするのって
自分にはどうなんだろう?本当に自分のやりたいことなのか?
 
 
という具合に自問自答を始めてしまい。。
結果、就職を辞退することに決めました。
 
 
もちろん親にも報告をしましたが
僕の高校中退で免疫ができているのか
割とすんなり受け入れてくれました。
 
 
それで直感で思いついたのが
トレーナーになって運動とか教えたい!
ということでした。
 
 
もともとトレーニングをするのは好きだったし
そのような知識を学ぶのも好きだったため
その道に進んでみようと思ったんですね。
 
 
そしてすぐさま水泳部のトレーナーさんに相談。
何を学んだらよいかということを教えていただき
とりあえずトレーナーの資格を取るために
4年生の秋頃から半年ほどトレーナーの勉強をしました。
 
 
それと同時にフィットネスクラブでのアルバイトも始めて
ここから僕のフィットネス業界でのお仕事が始まったのでした。
 
 
 

資格取得〜パーソナルトレーナーとして活動開始

 
 
学生の頃から半年間勉強を始め満を持して挑んだ
トレーナーの試験ですが(大卒でないと受験資格がない)
ここでもテストへの強さを存分に発揮し一発合格。
 
 
後で聞いたのですが特に実務経験もなく
独学で勉強をして合格するのは異例だそうです。
 
 
資格も取れたことで、本格的にパーソナルトレーナーとしての
仕事を始めたいと思い、求人情報をネットでチェック。
 
 
田園調布に新しいジムがオープンするとのことで
なんとなくいいかも!と思い応募してみることに。
 
 
そして面接ということで当時店舗のマネージャーで
現代表の山本トレーナーとお会いしトレーニングに関する
山本さんの考え方などを伺ったところ
この人はすごい!と感じ全力で採用をお願い(笑)
 
 
紆余曲折はありましたがなんとか採用していただき
トレーナーとして本格的に仕事始めることができました。
当時何も知らない生意気な若造を雇ってくれたのには
今思えば感謝しかありません。
 
 
立ち上げの店舗ということで最初はお客さんも
あまり来店されませんでしたが、徐々に増えてきて
仕事もしっかりとこなすことができるようになってきました。
 
 
 

トレーナーとしてキャリアを積む

 
 
その後、トレーナーとしてキャリアを積み
 
・大手ジムと契約
・ダイエットジムと契約
・ダイエットジムの立ち上げ、プログラム開発、運営、トレーナー育成
・タイ王国バンコクでのジム立ち上げ、運営
 
 
などなど様々な経験をしてきました。
バンコク編は書くと膨大な量になるので
またの機会にしたいと思いますが
トレーニング指導の業務以外にもかなり良い経験を
積むことができたと思っています。
 
 
トレーナーなので当然、トレーニングの指導は得意分野ですが
特にダイエット指導はかなり得意としています。
 
 
僕の指導は論理的にプログラムを組み立てて
必要なアプローチを行っていくため
その人それぞれのパターンに対応できるのが特徴です。
 
 
また、カウンセリングも得意としていて
その人のどこが課題で、それをどのようにすれば
改善に向かうのかを明確にすることができるので
場合によってはカウンセリングを受けただけで
今までうまくいかなかったダイエットがうまくいくようになることさえあります。
 
 
ポリシーとしては俗に言うただの筋肉バカではなく
理論的であり的確な指導を心がけていますので
「ちょっとマッチョでギラギラしている人は苦手…」
という人にも受け入れていただけるかと思います。
 
 
 
 
こんな感じで一風変わった岡島ですがどうぞ宜しくお願い申し上げます!
 
 
 
 
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